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東京地方裁判所 平成10年(ワ)3178号 判決 1999年3月23日

原告

株式会社住宅金融債権管理機構

右代表者代表取締役

中坊公平

右代理人支配人

松本智

右訴訟代理人弁護士

椛島裕之

被告

日本システムシェアズ株式会社

右代表者代表取締役

水倉義則

右訴訟代理人弁護士

竹田章治

池田眞一郎

主文

一  被告は、原告に対し、七八六八万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年二月二七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、八〇六七万円及びこれに対する平成一〇年二月二七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、建物の根抵当権者である原告が、取立権に基づき、建物の賃借人である被告に対して、物上代位権に基づき差し押さえた建物の賃料債権の支払を求めている事件である。

二  前提となる事実

1  株式会社住宅ローンサービス(以下「住宅ローンサービス」という。)は、平成二年二月二六日、平和建物株式会社(以下「平和建物」という。)に対して、四四億円を貸し付ける旨の金銭消費貸借契約を締結し、右金員を貸し付けた(甲一。以下「本件貸付」という。)。

2  住宅ローンサービスは、前同日、本件貸付上の債権を担保するため、平和建物所有に係る別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について、極度額を五二億八〇〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を取得した(権利者を日本ランディック株式会社とする平成元年九月一四日設定の根抵当権を譲渡によって取得。甲二、三)。

3  被告は、平和建物から本件不動産の附属建物のうち五階部分151.15平方メートル(以下「本件建物」という。)を、賃料月額九九万六〇〇〇円、毎月末日限り翌月分前払の約定で、平成一〇年二月まで賃借していた(争いがない。)。

4  東京地方裁判所は、本件根抵当権者である住宅ローンサービスの物上代位権に基づく申立てにより、平成三年四月三〇日、平和建物の被告に対する賃料債権のうち平成三年五月分から一〇億円に満つるまでの分につき差押命令を発し(以下「本件差押え」という。)、右命令は、第三債務者である被告に対しては同年五月一八日に、平和建物に対しては同月二一日にそれぞれ送達された(甲三、四の1、2)。

5  住宅ローンサービスは、平成八年一〇月一日、原告に対し、住宅ローンサービスの平和建物に対する貸金債権(本件貸付債権を含む)を譲渡し、平和建物に対し、同月二日到達の書面でその旨を通知した(甲五の1、2)。原告は、これに伴い本件根抵当権の移転を受け、平成九年三月一七日その旨の登記を経由した(甲二、弁論の全趣旨)。

三  争点

物上代位権に基づく差押えがされた後の賃料債務について、賃借人である被告は、差押債権者の地位を承継した原告に対し、後記の被告主張の事由をもってその支払を拒むことができるか。

なお、原告は、本訴において、平成三年六月分から平成一〇年二月分までの本件建物の賃料八〇六七万六〇〇〇円の一部である八〇六七万円の支払を求めている。

(争点に関する被告の主張)

1 債権の準占有者に対する弁済

(一) 平和建物は、平成三年三月、大和インベストメント株式会社(以下「大和インベストメント」という。)に本件建物の賃料債権を譲渡し(以下「本件債権譲渡」という。)、被告は、同月二八日、右債権譲渡を承諾した。

(二) そこで、被告は、平成三年六月分から平成五年五月分までの本件建物の賃料合計二三九〇万四〇〇〇円(月額九九万六〇〇〇円の二四か月分)を大和インベストメントに支払った。

(三) 被告は、本件差押えに先立つ本件債権譲渡が優先すると信じたため、大和インベストメントに支払ったものであるが、右は被告の依頼した弁護士の判断でもあり、被告がそのように信じて支払ったことについては過失がない。

したがって、大和インベストメントに対する賃料支払は、債権の準占有者に対する弁済として有効である。

2 供託

被告は、本件建物の平成五年七月分の賃料を同年七月五日に、同じく同年八月分の賃料を同年八月四日に、それぞれ供託した。

3 相殺

(一) 被告は、本件建物賃借時、平和建物に対して保証金一八六三万二〇〇〇円を預託した。

(二) 平成五年当時、バブルの崩壊により本件建物の賃料も相当下落していたのに、平和建物は事実上倒産し、代表者は行方不明の状態であった。そのため、被告は、本件建物の減額請求権を行使することができなかった。これは、平和建物の債務不履行というべきで、これによって被告は、平成五年九月から平成一〇年二月までの間に二六八九万二〇〇〇円の損害を受けた。

(三) 被告は、本訴において、右(一)の保証金返還請求権一八六三万二〇〇〇円と右(二)の損害賠償請求権二六八九万二〇〇〇円をもって、本件建物の賃料債務と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

4 権利の濫用

前述のとおり、バブルの崩壊により本件建物の賃料も相当下落していたのに、被告は、平和建物の代表者が行方不明という事態になっていたため、賃料の減額請求権を行使することはできなかった。このような状態にあったのであるから、原告が公的機関であることも考えれば、平成五年九月以降平成一〇年二月までの賃料債権を訴えをもって取り立てることは権利の濫用である。

(被告の主張に対する原告の反論)

1 仮に、被告が大和インベストメントを債権者であると信じて支払ったとしても、被告には少なくとも過失があるので、債権の準占有者に対する弁済として有効とはいえない。

2 被告の主張する保証金返還請求権、損害賠償請求権が仮に存在するとしても右各請求権は、いずれも本件差押えの効力が生じた後に生じたものであるから、相殺をもって原告に対抗することはできない。

第三  判断

一 根抵当権者が物上代位権を行使し、その差押えがされた後にその被担保債権を譲渡した場合には、債権譲受人は、物上代位権を行使した差押債権者の地位を承継するものと解されるので、原告は、本件差押えに係る債権の取立権を取得したものというべきである。

二  そこで、被告の主張について以下判断する。

1  債権の準占有者に対する弁済の主張について

被告は、大和インベストメントへの支払は、債権の準占有者の弁済に当たり、有効であると主張するところ、債権の準占有者に対する弁済が有効とされるためには、弁済者の善意無過失を要すると解すべきである(最高裁昭和三七年八月二一日判決・民集一六巻九号一八〇九頁参照)。

ところで、抵当建物の賃料債権が債権譲渡された後に抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえた場合、差押えの効力が生じた後の賃料債権については、抵当権者が賃料債権の譲受人に優先すると解すべきであるところ(最高裁平成一〇年一月三〇日判決・民集五二巻一号一頁参照)、確かに、右最高裁判決が出される以前は、譲受人と抵当権者のいずれが優先するかについては下級審裁判所の見解が分かれていたことは公知の事実であったから、被告は、譲受人が抵当権者より優先するとの見解に立って、大和インベストメントを債権者を信じて本件建物の賃料を支払っていたものと推認することができる。

しかしながら、債権差押えの正本が送達された第三債務者は、債務の弁済が禁止される一方、民事執行法一五六条一項によって差押えに係る債権の全額を供託をすることができるが、第三債務者は、この供託によって債務についての免責を得ることができるだけでなく、この供託さえしておけば、本件のように債権者が競合している場合であっても、そのいずれかに弁済することによって生じ得る危険を免れることができるものであり、かつ、供託すること自体はさほど第三債務者に負担を強いるものではない。そうすると、本件差押えの正本送達によって、本件建物の賃料債務の弁済を禁止され、かつ、本件建物の賃料債務につき債権者が競合していることを知った被告としては、この供託が被告にさほどの負担を強いるものではないことにもかんがみると、一方の債権者に対して弁済することによって生じ得る危険を回避するためにも供託をすべきであり、法律上の見解が分かれていた中で、その一つの見解に立って、供託をすることなく、そのまま賃料債務を大和インベストメントに支払ってしまった被告には、賃料債権の譲受人である大和インベストメントが賃料債権の差押権者である原告より優先すると信じて支払ったとしても、右支払をしたことに過失があるといわざるを得ない。

したがって、被告の大和インベストメントに対する支払をもって、債権の準占有者に対する弁済として有効であるとすることはできない。

2  供託について

乙第六号証の1、2によれば、被告が平成五年七月分と八月分の本件建物の賃料を供託していること、右供託は、債権者不確知を理由に被供託者を大和インベストメント又は平和建物としてされたものであるが、供託の法令条項として民法四九四条、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律三六条の六が掲げられており、供託の原因事実として、本件差押えと共に東京国税局による債権差押えがされた旨が記載されていることが認められる(なお、右東京国税局の債権差押えはその後解除された。乙七)。

右によれば、法令条項として民事執行法は掲げられていないものの、被告のした供託は、民事執行法上の差押えと滞納処分による差押えが競合していることを前提にした上で、債権譲受人の大和インベストメントとの優劣関係が分からないものとしてされたものと解することができるから、いわゆる混合供託に当たると解され、本件差押えに対する第三債務者としての供託としても有効ということができる。

そうすると、本件建物の平成五年七月分と八月分の二か月分の賃料については、原告はこれを取り立てることはできないというべきである。

3  保証金返還請求権との相殺について

甲第六号証によると、被告は本件建物を賃借するに際して、平和建物に対して保証金一八六三万二〇〇〇円を預託したこと、右保証金は、被告が本件建物を明け渡した後六〇日以内に被告の未払債務と償却分(一〇パーセント)を除いて返還されることになっていたことが認められる。

右によると、被告主張の保証金返還請求権の履行期は、早くても平成一〇年二月であり(それ以前に明け渡したことを認めるに足りる証拠はない。)、原告の求める賃料債権のうち最も履行期が遅い平成一〇年二月分の賃料債権の履行期は同年一月末日であるから、その後に履行期が到来した保証金返還請求権での相殺は、少なくとも差押権者である原告に対しては効力を生じないものというべきである。したがって、保証金返還請求権をもってする被告の相殺の主張は、採用することができない。

4  損害賠償請求権との相殺について

被告は、平和建物の代表者は行方不明であったため、本件建物の賃料について減額請求権を行使し得なかったが、これは平和建物の債務不履行に当たると主張する。

しかしながら、仮に平和建物の代表者が行方不明であったとしても、例えば意思表示の公示送達等の方法により、減額請求権の行使自体はいくらでも可能であり、減額請求権が行使することができなかったことを前提とする被告の債務不履行の主張は、その前提を欠くものであって採用することができない。

5  権利の濫用について

前述のように、仮に平和建物の代表者が行方不明であったとしても賃料の減額請求権の行使は何ら妨げられるものではなく、原告が特別法によって設立された公的存在であることを考慮しても、本件取立権の行使が権利の濫用に当たると解することはできない。

三  以上によれば、二か月分は供託済みであるとの被告の主張は理由があるが、その余の被告の主張はいずれも理由がない。

したがって、原告の本訴請求は、平成一〇年二月分までの本件差押えに係る賃料債権額八〇六七万六〇〇〇円から二か月分の賃料額一九九万二〇〇〇円を控除した七八六八万四〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一〇年二月二七日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官大槁弘)

別紙物件目録<省略>

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